15 August, 2011

シュールなやつ

妄想好き、
シュールレアリズムなやつもすき。

さっきから、想像してること。
店でお菓子を黙々と仕上げてて、
なんかうまくできない、と思ってよく手をみたら
指が枝になってて、爪から葉っぱが生えてきて、
あ、そっか、あたし木だったんだ、ごめんね、みんなって
そう思ったら、目の前に空と海がごちゃまぜにミックスされたような
偉大な自然のイメージが降ってきて、
肌にうろこが、背中に翼がはえてくるのをかんじて、
あ、これは間違っている、幻想を誰かに操作されてる、
自分はだまされない、って強く思うと、
また木に戻って、根が生えて、めりめり地面に張り巡って、
一度うまれたらここにいなければならない、
環境にがんじがらめである木の命、その宿命を
受け止めるか否かを考えているうちに、
血液は水になり、煩悩はつぼみになり、花がさいて、
風に散って、それからどうなるんだろう
とか、めっちゃシュールな脳内。

それにしても、
海の上に浮かぶ空って
本当にドラマチックだよね。

13 August, 2011

いま

ついこの前の事
と思ってたのに、
この日記をさかのぼってみたら
2年前だった、とか。

年月って何のためにあるんだろう。
わかりやすい季節の変わり目の目安だったり、
社会生活にけじめをつけるということだと思うけど、
はっきり言って、あんまりいらないな。
人生の時間を切り刻んで
予定をたてたり、振り返ったり。
なんかそうゆうの、本当に向いてない。
ずーっと、「いま」の連続。
「いま」がいっぱいあって、ここに私がいる、
そんな感じ。
だから、全ての瞬間の私は、
同じ私でもあるし、
1個1個まったく別ともとれるけど。
そう考えると、
つながっている人生の安心感もあるし
いつでも生まれ変われる大胆さも得られる。
そうゆうことだけでいいと思うんだ。
なので、細かい枠組みの時間を
あまり語らないようにしようと思う。
10年前のことが、ついさっきみたいに蘇るとか、
10年後のことが想像できなくて不安だとか、
そんなの当たり前だもん。
たくさんの「いま」がつながって
ちょっとずつ変化して。
いつでも好きなように戻れて、
好きなだけ進める。
進む速度は一定のようだからもどかしいけど
一定に感じるのは他人が所有してる時間と相対的にみた結果だから
実は関係ない。
好きなだけ進むことができる。
すこしでもたくさんでも。



10 August, 2011

それはもう

今日突然、
Salyuちゃんとコクリコ坂から にはまりました。
激しく。
もう身を裂くような衝撃でした。





変わっていく気がします、いろんなことが。

03 August, 2011

記憶ひろい

最近ふと
昔考えていたことを、
過程ごとそっくり思い出すことがある。
昨日の夜に思い出したのは、
幼稚園のときの記憶。
戦争と平和の概念について、知ったとき。
平和はわかる。みんななかよしのこと。
戦争は、けんかすること。
けんかの原因はなに?ときくと、
いろいろよ、と誰かが答える。
仲直りすればいいのに!というと、
原因はとっても難しいことだし、
大人数どうしのけんかで
みんな少しずつ考えがちがうから、
終わるのも難しいんだよ って。
ぜんぜんわからない!仲直りすればいいのに
そうすればみんな痛くないし
みんながにこにこだし
みんながちょっとずつがまんすればいいんだよ
って思ってた。
物事はそんなに簡単じゃないって気づいたのは
もっとあとのことだけど、
世界の情勢だけじゃなく、自分をとりまく環境も
こんなに複雑になるなんて思わなかったなあ。
自分のちょっとのがまんができなくなって
いろんなひととけんかして、
結果好きなひとと二度と会えなくなったりして、
なんだろう、情けない。そんなことばっかり。
もっともっと考えなくちゃ。
小さい時のほうが、
いまよりずっと俯瞰的に
ものごとをみることができた、ぜったい。
忘れたくないー、というか、思い出したい!