19 February, 2009

海の気配

このまえ
父とこんな話をした。
「輪廻転生はあると思う?」
深刻にでもなく
でもおちゃらけにでもなく
ふとそんな話題に。

父の意見は割愛するとして
わたしはないと思う、と答えた。
あの世とこの世を行きかう魂は
わたしの信仰の範囲ではないのだ。

肉体はコップみたいなもので
地球から魂を掬い上げてるだけで
死んだらまたガーって海に戻って
いっしょくたになるんじゃないか
って言ってるひとがいて
それに対しては
うん、そうかも、と思う。

じゃあ自分が自分として
自分らしく生きてる意味はあるのか?
おなじとこから来て、おなじとこに戻るのに?
とか、ちょっと考えちゃうけど、
考えちゃうと暗くもやもやしちゃうけど。
あんなに大好きだったのにもう会えない人や動物、
彼らと海で溶け合えるのだと思うと
しんみりうれしい。
煩悩抜きで彼らと再会して混ざり合って
いつか一緒にちょっとずつ掬い上げられて。

すぐそこにありそうで
そう考えることは
ひとを臆病な気持ちにさせるけど
でもやっぱり
なんだかんだ言って遠いので
また日常にもどる。

しかし
なかなか消えない海の気配。
しばらくこんな感じ。











06 February, 2009

ブラックホールのゆくえ

一人暮らしを始めたときのこと。

もともと友人とルームシェアして住むはずが
ひと悶着あった挙句、階違いで住むことに。
比較的おおきな駅に程近い、しかし窓をあけると
目の前は線路、という物件。

急に決まった引越しだったし、荷物も洋服と本くらい、
ちいさいトラックにちゃちゃっと詰めて
あっという間に実家を離れた。
(あっという間すぎて家族にまともに挨拶できなかった)
実家といったって、電車とバスを乗り継いで
1時間半のとこですが。

がらんとした部屋に荷物を運び込み、
やがてベッド、冷蔵庫、洗濯機が届く。
そこでいっしょに来た母は帰る。
友人はまだ越してきていない。
すごい!ついに一人暮らしだ!
とても自由な気分で本をひろげたり
冷蔵庫の冷え具合を確かめたり
ベランダにでて電車を眺めたり。

あっという間に夜中になって寝ることにした。
ベッドに入って目を閉じる。
終電がいってしまったから、とても静かだ。
大嫌いなテレビの音も聞こえないし、
部屋の戸をぴしゃりとしめる音も
トイレとかお風呂とかの水の音も
スリッパのペタペタという音もきこえない。
とっても嬉しいはずなのに・・・?
怖い!
静かすぎる!

と、いきなり電車がすごい音で通った。
貨物列車だった。
また静寂。ひたすら静寂。
怖い。
寂しいのか?まさか!
あんなにひとりになりたかったのに?
でももう簡単に戻れないのだ!と思った。
ふー。我ながら大袈裟。
でもほんとーに空っぽな気分だった。

今はもうなれたけど、
一人暮らしの部屋って、すごい空っぽ。
というか、部屋のどこかにブラックホールがあって
自分の存在の履歴に纏わる記憶や思い出を吸い込んでいるのだ、
だからこの味気なさ!
実家は、たとえみんな留守にしてても
家族の音が染み込んでいる。
家族の音?なんのことかうまく説明できないけど
家という建物自体に
待ちの余裕があるのだ。
なんでも知ってますよ、というような。
その余裕が、かつては嫌だったー。
むう、思春期特有~。

なにはともあれ
今もこうして一人暮らししてるわけだけど
現在ブラックホールは影をひそめている。


ドーナツは欠けて
空洞は溶けました。
こうして
ブラックホールはみんなのものになりました。
おしまい。




02 February, 2009

黒い海




肉体は魂の入れ物にすぎない
という概念は過去の物
傍目からすると
魂は肉体を置き去りにして
遥か彼方へ
しかし
当の本人は
肉体ごと
重力に抗い
圧倒的な確信を持って
記憶の黒い海を泳ぐ
記憶の黒い海を泳いだ記憶は残らない
から
もう泳げない
スピードは
だれの理解も及ばない単位を得て
どこまでも
どうなるのか
白い箱ごと
旅を続ける
たくさんの付箋をはられ
無色透明でいることはゆるされず
自らを染める
水彩色
誰にも見えないまま
消えていくがよい

救いを求める
臆病な爪は
ピアノを奏で
誰にも聞こえないまま
消えていくがよい

雲にとけ
流れて
しみこむ