22 June, 2009

ホラーより怖い映画

《リリイ・シュシュのすべて》を見た。
その前提として以下を。
見よう見ようと思いつつ、まだ見てない映画が、けっこうある。
たとえば、
サイダーハウス・ルール、ライフ・イズ・ビューティフル、
アイデン&ティティ、ぼくを葬る、シャイニング、
めまい、フラガール、時計じかけのオレンジ。他にもたくさん。
まだ見てない の理由は色々だけど、
暗そうだから・・・ってゆうのは、割と多い。
けっこう気分が染まりやすいから
心がつよいときじゃないと見れないという・・・デリケート!
なのになのになのに!
間違えたタイミングでこれを見てしまった!
・・・



ついてない境遇にいながら、自分でなんとか未来を切り開こうともしない
弱過ぎな少年が主人公。センシティブな同級生たち。
何もわかってくれない親、役立たずの教師。
たくさんの暴力、犯罪、その犠牲者となる身近な人たち。
誰が見方で誰が敵?自己防衛のための過剰な攻撃。

本を読まないと意味わからないんだろうなーという、
中途半端なエピソードや台詞がけっこうあって
やきもきしたけど、なんとなく全部理解。

なんか、こーゆう言い方ってアレだけど、
なんか自分もこうゆうの書きそう・・・って思った。
共感、というか、
心のなかで何回も再現済みのことがたくさんでてきたなー
という感じ。
巷では、こんな激しい中学生いねーよーとか言われてるみたいだけど、
いやいや、発育が満ちた肉体に宿る精神、
それは限りない想像において残酷の許容範囲が掴みきれていない、
だから14歳にしかわからない(できない)ことがあるのだよーと思う。


くらーいストーリーなのに、光が飽和している岩井さんっぽさ満点の映像。
ドビュッシーの美しい旋律。
Salyuちゃんの、天から降るような、高貴で物悲しい歌。
いろんな要素があいまって
頭痛を促すくらい激しく狂おしい映画。
みんな普通にサラッと見れたのでしょうか?
あんなに怖い映画を、もう二度と直視できる自信がない!
でも見てよかった。というかんじです

21 May, 2009

運命とは?

自分の「ちょっとの」手違いで、油断で、
取り返しがつかなくなってしまったもの。

あの時こうしてれば・・・という後悔の波は止め処ないものですが、
人の行動というのは、どんなに突発的な思いつきであっても
必ずそのひとの一貫性があるはず。
というわけで、そのときなくす機会から逃れても
またいつかその運命パターンにのっかってしまうに違いない・・・

やりきれない!が、しかたない!

と、
こんなことを最近考えてます。
進まなきゃー。
あきらめることの大切さ!を実感!

21 April, 2009

Anna

『最後の物たちの国で』 という本を読んでいた。
ほとんど無法地帯に成り果てたおぞましい街で、
兄を探す女性が極限状態で生き延びていく話。

雨さえもが命取りになる街のおぞましい雰囲気に
どっぷりはまり込んでいたら、
ほんものの地震が!
戦々恐々!

とても興味深い一冊だった・・・
人がまともに生きていくには、
本物の「愛」と、
それに対する信仰心が
何より大切なのですねーと感じました。
あったりまえのことですけどね。
ではまた。



19 April, 2009

ラブ!

愛情というものは、とても難しい。
特に人間にとって。
素直に伝えたり、受け取ったりするのは
ある種の勇気や決断力が必要。
照れとか打算とかはもちろんあるけど
愛情に見せかけた裏切りなんて、たくさん存在するので。
無償の愛、と聞くと、親とか神とか想像しがち。
だけど!
私は、親でも神でもなく、「物」だと思う!

自分の身の回りのもの。
自分で買ったもの、人から貰ったもの、
その中で、愛情を感じ、大切にしようと決めたもの。
どんなに安いものでも。
私の場合、その儀式はまるで「告白」。
お付き合いしてください。
一生大切にします。

だけどもしある日、その思いが揺らいだら。
ちょっと自分に合わないかも、重いかも、大きすぎるかも、など。
裏切られた「物」たちは、後腐れなく、ふわっと消えてしまうのです。
失くしたり、壊れたり、文字通り消えてしまったり。
えっなんでこのタイミング?いつの間に?そんなはずないのに?
もともと気にいっていた度合いが強いものほど、あっと言う間に(早く、速く)

この法則(愛情が消えると、対象は姿を消す)がわかるまで
何度も辛い思いをしたけど、ついにわかったので、安心。
愛情はいちどかけたら、滅多に取り消すべきじゃない!
大袈裟だー、と我ながら思うけど・・・
愛情って本来はとても顕著に伝わるものなんだ!実感。
物は、赤ちゃんより無力だから、
持ち主の愛情に頼る以外、生き延びる方法がないんですね。
可愛いなー。

こんな感じに、物に対して愛情深くなっていると、
親とか友達とか(ちょっと苦手ピープルさえ!)に対しても
いつもよりラブアンドピースな接し方ができるんですよね・・・
人より物が先ってどうなの?ってかんじだけど、いかにも私らしすぎる・・・。
いろいろ反省!
では。

18 April, 2009

また虹の話

虹をみたことがない
という話を、以前しました。
未だ見たことがなく、
しかし普段はそんなこと、すっかり忘れてます。
でも深層心理にしっかり刻まれてるんですねー。
よく夢に、虹がでてきます。

昨日見た夢。
空は晴れ渡り、風までもが煌めいている。
草原にいると思っていたが、すごい崖っぷちにたっている。
よく見ると、むこうの崖のほうに人がいる。
4人くらい。みんな私の頭上を指さしながら、なにか叫んでいる。
見上げたけど、なにも見えない。
1人の声が私に届く。 「虹がそこから生えてる!」
私が虹のふもとにいるということ?
見たい!
4人の崖のほうに早くいかなきゃ!走り出す。
むこうの崖にいくには、崖っぷちがえぐれているから、
見た目の距離よりずっと遠回りをしなくてはならない。
走りながら、ふと、後ろを振り返ってみる。
ぎょっとする。まださっきの崖っぷちにいるのだ。
というより、崖っぷちがどんどん縮んで、私に向かってくるのだ。
走るのをやめたら、下に落ちてしまうかも!
と、泣きたい気持ちでどんどん走る。
向こうの崖をみると、まだ私の頭上を指さしてる。
虹の足も、私に合わせて動いている?
と思った途端、転ぶ。
目が覚める。

なんか怖い夢だった・・・。
崖って、なんのメタファーなんだろ・・・。
どうしても見たい!と追い詰められてるってこと?
そこまで?
疑問なのは、虹の足元にいると、虹が全く見えないのか、ということ。
謎だ・・・。
なんでもいいから、一度だけでいいから、
虹を見させてください!神様!
・・・なんか、恋だなあ・・・。

16 April, 2009

効能書き

映画好きの人って、うらやましいなーと思います。
映画の効能書き:
  たった2時間でとても遠くにいける。
  日頃ありえない心の震えを感じられる。
  新しい「物の見方」を突然体験できる。
単純になかなか有意義な暇つぶしになるし、
いいなあーと思います。

ワタクシはというと
あたらしい作品をむさぼるように見ることはないですが、
気に入った一本をしつこく繰り返しみる性分でございます。
ひさしぶりに、しつこさアピールしてみよーと思い、
さっそく見ました。
「ピンポン」。
松本大洋原作、窪塚洋介主演のアレです。
卓球ムービー!青春!!

ひさしぶりに見たんだけど、良い!
そして見はじめてから、今日はこれを見たいのだと思った理由を
思い出した!
ロケ地が江ノ島近辺なんですねー。
ぜんぜん綺麗じゃない(澄んでない)のに、青春できらきら輝いちゃってる海!
ひとの気分にお構いなく、雲を流し、青さを増し、ダイナミックに移ろう空!
最近よく行ってるのです、この近辺。
うれしい!(ミーハー。)

なんといってもキャスティングもスバラシイ。
ARATAのいじらしさ!
窪塚のぱっつん具合!
いいねーーー。

陰と陽が互いを必要としあう深く熱い友情。
おかえり、ヒーロー。
いいねーーーー。
ぶわわわわー、なーんかすごい感動しちゃいました。
漫画も読んでみようかな。

それにしても
何かひとつのことに青春を懸ける・・・かっこいい!
おれもなんか成し遂げたいぜ! 
にわか体育会系ポリシーを胸に、熱く決意する私。・・・儚い。

と、いうわけで、
今日の日記の一番上をもう一度読むと・・・
うーん、なかなか効能があったようです。
映画が私に及ぼした影響の大きさよ!

ではまた。

19 February, 2009

海の気配

このまえ
父とこんな話をした。
「輪廻転生はあると思う?」
深刻にでもなく
でもおちゃらけにでもなく
ふとそんな話題に。

父の意見は割愛するとして
わたしはないと思う、と答えた。
あの世とこの世を行きかう魂は
わたしの信仰の範囲ではないのだ。

肉体はコップみたいなもので
地球から魂を掬い上げてるだけで
死んだらまたガーって海に戻って
いっしょくたになるんじゃないか
って言ってるひとがいて
それに対しては
うん、そうかも、と思う。

じゃあ自分が自分として
自分らしく生きてる意味はあるのか?
おなじとこから来て、おなじとこに戻るのに?
とか、ちょっと考えちゃうけど、
考えちゃうと暗くもやもやしちゃうけど。
あんなに大好きだったのにもう会えない人や動物、
彼らと海で溶け合えるのだと思うと
しんみりうれしい。
煩悩抜きで彼らと再会して混ざり合って
いつか一緒にちょっとずつ掬い上げられて。

すぐそこにありそうで
そう考えることは
ひとを臆病な気持ちにさせるけど
でもやっぱり
なんだかんだ言って遠いので
また日常にもどる。

しかし
なかなか消えない海の気配。
しばらくこんな感じ。











06 February, 2009

ブラックホールのゆくえ

一人暮らしを始めたときのこと。

もともと友人とルームシェアして住むはずが
ひと悶着あった挙句、階違いで住むことに。
比較的おおきな駅に程近い、しかし窓をあけると
目の前は線路、という物件。

急に決まった引越しだったし、荷物も洋服と本くらい、
ちいさいトラックにちゃちゃっと詰めて
あっという間に実家を離れた。
(あっという間すぎて家族にまともに挨拶できなかった)
実家といったって、電車とバスを乗り継いで
1時間半のとこですが。

がらんとした部屋に荷物を運び込み、
やがてベッド、冷蔵庫、洗濯機が届く。
そこでいっしょに来た母は帰る。
友人はまだ越してきていない。
すごい!ついに一人暮らしだ!
とても自由な気分で本をひろげたり
冷蔵庫の冷え具合を確かめたり
ベランダにでて電車を眺めたり。

あっという間に夜中になって寝ることにした。
ベッドに入って目を閉じる。
終電がいってしまったから、とても静かだ。
大嫌いなテレビの音も聞こえないし、
部屋の戸をぴしゃりとしめる音も
トイレとかお風呂とかの水の音も
スリッパのペタペタという音もきこえない。
とっても嬉しいはずなのに・・・?
怖い!
静かすぎる!

と、いきなり電車がすごい音で通った。
貨物列車だった。
また静寂。ひたすら静寂。
怖い。
寂しいのか?まさか!
あんなにひとりになりたかったのに?
でももう簡単に戻れないのだ!と思った。
ふー。我ながら大袈裟。
でもほんとーに空っぽな気分だった。

今はもうなれたけど、
一人暮らしの部屋って、すごい空っぽ。
というか、部屋のどこかにブラックホールがあって
自分の存在の履歴に纏わる記憶や思い出を吸い込んでいるのだ、
だからこの味気なさ!
実家は、たとえみんな留守にしてても
家族の音が染み込んでいる。
家族の音?なんのことかうまく説明できないけど
家という建物自体に
待ちの余裕があるのだ。
なんでも知ってますよ、というような。
その余裕が、かつては嫌だったー。
むう、思春期特有~。

なにはともあれ
今もこうして一人暮らししてるわけだけど
現在ブラックホールは影をひそめている。


ドーナツは欠けて
空洞は溶けました。
こうして
ブラックホールはみんなのものになりました。
おしまい。




02 February, 2009

黒い海




肉体は魂の入れ物にすぎない
という概念は過去の物
傍目からすると
魂は肉体を置き去りにして
遥か彼方へ
しかし
当の本人は
肉体ごと
重力に抗い
圧倒的な確信を持って
記憶の黒い海を泳ぐ
記憶の黒い海を泳いだ記憶は残らない
から
もう泳げない
スピードは
だれの理解も及ばない単位を得て
どこまでも
どうなるのか
白い箱ごと
旅を続ける
たくさんの付箋をはられ
無色透明でいることはゆるされず
自らを染める
水彩色
誰にも見えないまま
消えていくがよい

救いを求める
臆病な爪は
ピアノを奏で
誰にも聞こえないまま
消えていくがよい

雲にとけ
流れて
しみこむ



31 January, 2009

シナモンいれわすれ

緊張癖があります。
というわけで
もちろん人見知りです。
今日何をひらめいたのか
思い切った行動をとった結果
(知り合いの勤務先に差し入れをと思って・・・どきどき)
なれない人たちがたくさんいて
もんのすっごい緊張して帰ってきました。
ぐったり。しくしく。
自分の考えを発表したり
自分に関して他人から何か言及されたり
うっかり注目をあつめたり
そうゆうのすごい苦手。
丁寧すぎる敬語になったり
目の焦点があわなくなったり
ありきたりですが赤面したりして
とても変なひとになります。
子供ですコドモ!
あーあ。なおしたーい。


さて最近
ジャムづくりに凝ってます。
りんごジャムを作るときは
芯と種も一緒に煮ると
上手にとろみがつくんですよー
りんごとシナモンって
すごい素敵な組み合わせですよね!
入れ忘れたので相当くやしい。

ではまた。

29 January, 2009

violetphotoについての考察

箱から外に出たくて
やみくもに歩きまわった
箱というのは
よくある閉鎖的で排他的な気持ちであったり
行き場のないエネルギーを溜め込んでいる肉体であったり
ともかく
やみくもに歩きまわった
暖かそうな壁や
光の抜ける道路や
どこかにワープできそうな窓や
そうゆうものに一瞬心をうばわれ
その一瞬が終わり
また探し
そういう一瞬がつづけば
箱の外に出られる気がしていた
でも
記憶に刻みこんだ一瞬は
とても儚くて
むりやり次のを思い出して
それも溶けてしまいそうに薄くて
再生を繰り返すたびに
つながる絵
ひとつの向こう側に
別のが待っていて
その向こうには
また別のが待っていて
気がつけば最初のにもどっている
箱から外に出られない
わかってるのに
やみくもに歩きまわる
あたらしい絵をふやして
最初のにもどらないように
そのうち
気がついたら
箱の外にいたりして
そんな
吹き飛んだ祈りを
掻き集めて
抱える


自分の写真って
こんなかんじだよなー
と思ったので
書いておきました。

14 December, 2008

メタファーかも


ついこのまえ身近な人がちょっと入院していたのですが
その体験談をきいて、いろーんなことを思い出したので
そのことについて熟考してみたり。
私も以前「ついてない」ことが二回あって
その結果二回入院したことがあります。
両方2ヶ月くらいだったでしょうか。
ひとつは古くて汚い救急病院、
ひとつは高層高級マンションみたいな新しい総合病院。
状況は全く違うのに、どちらも夜がひどく長く、重たい。
耳とか鼻とかやたら敏感になるのに
いろんなものがひどく遠い。
とても高いところに連れ去られて、
すこしでも動いたら真っ逆さまにどこまでも落ちてしまうような気がする。

騙されてはいけない、といつも思ってました。
何に?という感じですけど、今よく考えてみると
なんとなくわかるような。
いろんな風に孤独で、いろんな風に恐怖で、
毎日そんな夜に置き去りにされているという
被害妄想とか、
本当は何だってできるのに、時間がないのに、
そんな自由を奪われている焦燥感とか
それでも思うように動かせてくれない肉体の故障、
そうゆうごちゃまぜが波になっておしよせてくるのです。
満ち引きの周期はとても早く、
息継ぎの暇をあたえてくれなくなる。
苦しい。けど仕方なく考え続ける。
そんなときに、騙されてはいけない、と思うわけです。
そして眠る。むりやり。
朝になればその波の勢いは幾分穏やかになるので。

ほんとうに苦しかったけど貴重な体験です。
なーんにもできないと、どこまでも考えることができるんだな、と
まあ要するにそうゆうことです。笑
なんでもほどほどにしたいけど、まあたまにはね。


あともうひとつ。
病院のエレベーター近くには
なぜアイスが売られているのか?笑
ほんとうにうらやましいんです。
それも知人の話に共感したことのひとつ。
ではまた。

02 November, 2008

曖昧な話題。

けっこう前から
やりたいなーと思っていることがあって
それにむかって努力をしているつもりだったのだけど
なかなか行き着かない気がしていた。

なのでよく考えてみることにした。
そしてわかったこと。

  なにをやりたいのか、具体的に決めていない。
  具体的に決めれば話が進むのに、
  話が進むということに対して、ひどく臆病になっている。
  ぶちあたる壁がいくつも出てきたり。
  やるべきことがどんどん増えたり。
  一度はじめたらやり続けなきゃいけなかったり。
  やりたいけどめんどくさいし、
  今はその時期じゃない気がする。

ということ。
だめだめだなー。ロクでもない人間。
ありがちなかんじかもしれないけど。
やりたいなーなんて言ってるあいだに
どんどん歳をとって死んでしまうんだ。

と思って。
できることを全部やっていくことにしました。
お金と時間の許す限り、自分に投資してみよう、と。
がんばろーっと。
 

22 September, 2008

ケーキをつくった

ガトーショコラを作った。
上手にできた。
すごくふつうの、ビター味でしっとりめ。
仕上げに粉砂糖をふって。


シンプルなお菓子が好き。
プレーンなバニラクッキーとか
きび砂糖の味がじんわりシフォンケーキとか。

でも!
それじゃ勉強にならないんですね。

職場に 洋服のデザインの勉強してる子がいて
その子がいうには
私はシンプルな服が好きなんですけど
自分の着たい服を作っていては勉強にならないんです
だから自分用の洋服はまだ作ってないんです
とのこと。

わかるなあ。

その話きいたときは、
ふうんそんなものかね とか おもってましたけどね。
わかるなあ。


なんかをきわめるには
ちょっとずつ無理してかないとね。





写真のページはこちら。
http://violetphoto.blogspot.com/




20 September, 2008

スーパーマーケット

元気のないときは
スーパーマーケットを 頼りにしてます。
隅からすみまで
野菜コーナーからパン売り場まで
じーーーっくり見ます。
たとえ何も買えなくても
それだけで元気になります。不思議。


ちなみに、国内のスーパーマーケットでは
広尾のナショナルマーケットが
いまのところいちばん好き。
行くまでは気力ゼロだったとしても
(気力ゼロなのに何本も電車を乗り継いでいくその執念に乾杯ですよね
よく考えてみたら)
見終わったあとの気分はかなり爽快で
たとえば
さあまだまだやりたいことがたくさんあるし
とりあえず帰ってあれをかたづけちゃおう
という具合に
慌ただしく気力に満ちて
日常に復帰するのでした。





19 September, 2008

雨と弓

突然ですが
わたしは虹を見たことがありません

写真とか映像とか
そういう類の知識はあるのですが
実際に 空に虹がかかっている状態は
未体験であります

だから
虹がいかほどに儚げなるものなのか
実際に7色に浮き出ているのか
飛行機雲みたいに ゆっくり消えるのか
風になびいたりするのか
知らないのです

ほんとうにこの世に存在するのか と
いうことさえ 怪しんでいるほどである
なぜなら。
虹がでてるよ!という声の方向へ駆けつけても
すでに消えている経験が 5回ほどあるので。

どうしてもどうしても見てみたいけど
こればかりは努力でどうにかなるものではないし

晴れた日に じょうろやホースで
景気良くまいた水や
ガラス張りの街の隙間の壁に
虹をみつけては
なんだかしんみりな人生です

虹さえ見れたら
なんだかすごい変化が
自分の中に訪れる気がして!
と 大げさなことばかり 妄想してるから
見れないんですかね

虹って
なんだか言葉の響きが 趣あるなあ
にじ
質実剛健な響きに感じるけど
そうなると実物とのギャップがあるはずなのに
妙にあってるような気もするし
RAINBOW っていうのも
なかなかやるなあと思う
雨と弓だし


ではまた





06 September, 2008

ばななのはな

きのう 夜の歌舞伎町を 訪れまして
というのは 何事か と 申しますと
アジアスーパーマーケット という エスニック食品 及び 雑貨
を 取り扱う お店に いってきました
アジアンな チープな アルミ製食器が 
どうしてもどうしてもどうしても ほしくて
これでもか!と 買いこみました 
一回 思い込んでしまうと
解消されるまで その概念に とり憑かれてしまう
悪い癖 
まあ かわいい お値段なので 良し としましょう
(コップ1個200円程度)
給食の アルミ食器よりも ずっと 薄くて
表面を 削ってつけた 模様があったり
とにかく可愛いんです
ちなみに そのお店は エスニック食材も とても 豊富で
フレッシュな めずらしいハーブ とか
変わった蟹とか バナナの花の缶詰とか
珍しい物ものが 廉価で 販売されていました
今回は アルミアルミと かなり思いつめて 行ったので
他に買いませんでしたが またいこうと思います

以上でございます

05 August, 2008

ノルウェイ

ここ数日 ウンザリするくらい
おんなじ夢を 毎晩 毎晩 みます
あんまり うれしくない 夢 ですが
夢 という物 は とても 不思議
夢 とは 幻覚 だと 広辞苑に のっていますが
幻覚というには あまりにも リアル



昨晩読んだ 小説のことを じっくり 考えてました
小説のなかの 彼らの ひっそりした影
流されない涙 生に押しつぶされた死
燻った祈り そんなものに 心を囚われていたら
自分の 身体の動きや
目の前で 起こる現象よりも
遥かに 彼らの存在のほうが つよい
想像力 というものは 人を どこまでも
連れて行くことが できます
躊躇するよりは ついていきたい と
思えるうちに!

24 July, 2008

みずうみ

けっこうくやしいことがあった
目にみえない 湖に 投げ込んだ石が
波紋ごと なくなってしまった みたいな 
湖のことも 石のことも けっこう 好きだったんだけどな
がっかり
でも また投げようっと
という
よくわからない気持ちだけど 
湖は まだ そこにあるので
波紋を描きたい一心で石を探しちゃう性格 

17 July, 2008

飛ぶこと

一昨日と 一昨々日に
ひとと会う約束 があり
とーーーーーっても 久しぶりに
電車にのりました

電車のなかって 情報だらけ (特に満員)
車内広告 アナウンス 他人の会話 漏れる音楽
体臭 新聞 漫画雑誌 肌の感触 熱気
つかれる

でも そのぶん
窓外の景色が やたら綺麗にみえたり
もっと遠いところに 行きたくなったり
とか するわけです

ほかには
空を飛べたらいいのになあ
と 思います
地上が ぎゅうぎゅう なので

10 July, 2008

すみれの手紙

日記はじめてみました。よろしくね。